2009年03月11日

想像力を鍛える


お受験。

いわゆる小学校受験のための特訓塾の授業には、子供が考える力をつけるための練習があるそうです。

それは複数の登場人物が描かれた絵を見せて、その場で子供に物語を作ってもらうというようなものです。

この練習は役に立ちます。

たいていの子供たちは遊びの中で物語を作ります。ある設定のもとに自分で物語を作って遊ぶことは「○○ごっこ」と呼ばれますね。

もし、自分が作った物語と、他人が作った物語の一部が交われば
「○○ごっこ」を一緒にするお友達ができます。

こうした「おままごと」や「鬼ごっこ」という遊びを通して、子供たちは友達を得ます。

このような従来からある「遊び」は、遊びのルールがある程度決まっています。

ルールが決まっているので、ルールさえ知っていれば遊びに加わることは比較的簡単です。

しかし、お受験特訓塾の授業にあるような、複数の登場人物数人が描かれた絵を見せて物語を作らせて、みんなの前でそれの内容を発表させる。こうして自分が作った物語世にに他人を参加させるというのはかなり難しいでしょう。

なぜならルールが決まっていないために、その物語にだれもがすぐに参加するということができないからです。

どうしたら自分が作った物語に興味を持ってもらえるか。そしてどうしたら自分が作った物語に参加してもらえるか。

そういったことを瞬時に考えながら絵を見て物語を作っていかなければなりません。

この作業には2つの利点があります。

ひとつは物語を作るという想像力を鍛えられる。

もうひとつは、どうしたら他人に物語を理解してもらえるかという想像力を鍛えられる。

いわゆる「大人」になると空想をしなくなります。

子供の頃はあんなに「○○ごっこ」に夢中になって遊んだのに、大人になると空想をいつかしか「くだらない妄想」と考えるようになります。

しかし、自分の世界を確立しつつ、他人にそれを伝える能力は「空想力」「想像力」によって養われるのです。

では、確立した自分の世界をどのように他人に伝えればよいのでしょう?

その良きお手本をご紹介します。

それは、劇団ひとりさんの小説「陰日向に咲く」です。

芸人さんは自分の世界=芸を磨き、他人=お客さんに笑ってもらうよう提供する技術を日々鍛錬しています。

いわば想像力を鍛える総本山ともいえる場所で、抜きん出ているのが「劇団ひとり」という芸人さんです。

その彼が書いたはじめての小説ですが、もともとネタ披露で鍛えた高い技術は「文章」という舞台でもじゅうぶんに発揮されています。

自分の世界を他人に伝える。その手法と技術において、いま劇団ひとりさんほど巧みな技を持つ人はみあたりません。まさに芸人ですね。

小説は複数のエピソードから成り、それぞれが絶妙にリンクしています。

この小説、専門家から予想外の高評価を受けているそうですが、彼のネタを一度でも見たことがある人にとっては「想定内」の高評価なのではないでしょうか。

むしろ、もっと早くに注目されていてもおかしくないでしょう。

私の予感では、ポスト北野武となる可能性大です。もしくはそれ以上かも。

芸人・爆笑問題の大田光も絶賛の小説です。
4344011023陰日向に咲く
劇団ひとり
幻冬舎 2006-01

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映画にもなりました。
B0017T3PY6陰日向に咲く 通常版 [DVD]
岡田准一, 宮崎あおい, 伊東淳史, 緒川たまき, 平川雄一朗
VAP,INC(VAP)(D) 2008-07-16

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2009年02月21日

聞いてもらえない理由(わけ)

映画「しゃべれども しゃべれども」という作品があります。

原作は佐藤多佳子氏の『しゃべれども しゃべれども』。

物語は、いまひとつ腕が上がらない二つ目の落語家・今昔亭三つ葉が主人公です。

彼に話し方や落語を習いたいという3人が現われます。ひとりは無愛想で口下手な美人。ひとりは、大阪からやってきた関西弁の小学男児。そしてもうひとりは下手な解説で有名なプロ野球解説者。

こうしてはじめた教室もうまくいかず、密かに想いを寄せる相手にはフラレ、落語の腕も上がらない三つ葉だったが、そんな折、一門会で「火焔太鼓」をすることになります。

一方、教室の生徒・十河と村林は「まんじゅうこわい」の発表会をすることになります。


さて、登場人物のひとり、無愛想で口下手な女性・十河は、なんとかしたいと思っています。話がうまくできるようになりたいと思っています。

だからカルチャースクールの「話し方教室」に参加します。

しかし落語家の小三文の話の途中で教室を出てしまいます。

人を馬鹿にしている。

そう感じたからだといいます。

弟子の三つ葉に言わせれば、師匠の小三文はいつもああいう話し方で、それは相手がどんなに偉い人であっても同じだというのです。

でも十河は話し方がうまい人の話を聞きたいのではなく、自分と同じ悩みを持った人がいかにして上手に話せるようになったのかを知りたい。

だから、話がとても上手い小三文は自分とは違う世界の住人であるかのように感じて教室を後にしたのでしょう。

自分と同じ悩みを抱えたことがある。そういう相手から習いたい。

自分とかけ離れた存在の話を聞いても、それが身近なこととは感じにくいからです。

後日に三つ葉は、客席の最前列の真ん中に十河が座っているの見た瞬間、まくら(噺の本題に入るまえの時事ネタや関連した話などのこと)を飛ばしてしまい、うまく噺ができません。まさか十河が来ているとは思っていなかったからです。

出番が終わった後、三つ葉は十河から、話し方や落語を教えてほしい、と頼まれます。

二つ目とはいえ一人前の噺家である三つ葉も、うまく噺ができません。

そんな姿に十河は自分の「痛み」や「弱さ」をこの人なら理解してくれるんじゃないかと思ったのでしょう。


だれかに聞いてほしくて一生懸命話しても、ぜんぜん聞いてもらえないと感じることがあります。

それは聞き手の気持ちと触れ合うところがどこかをみつけようとしていないことが原因かもしれません。

気持ちが触れ合う。それは「共感」ともいいます。

共感されるにはどうするか。

そんなことを考えることからはじめてみるのもいいでしょう。

映画「しゃべれども しゃべれども」はコミュニケーションという観点からもたいへんすばらしい作品です。

ぜひご覧になってみてくださいね。

原作小説はこちら↓

410123731Xしゃべれどもしゃべれども (新潮文庫)
佐藤 多佳子
新潮社 2000-05

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